重伝建を目指す路地裏の迷宮

良くも悪くも寂れてしまった漁村風景は強烈な郷愁を誘う。


吉原の歴史は古く、江戸時代の城下町にあった漁師町が起源とされている。
舞鶴市にあった田辺城が1727年の大火を経て現在の場所に移転されたということ。

幅10m、全長550mの水路は舞鶴湾に繋がっている。
近年はこの水路沿いの風景を守る動きがあり、重要伝統建築物群保存地区を目指しているということ。

ちょうど自分が半年くらい前に訪れた時にその手の会合が行われていたのを覚えている。水無月橋で写真を撮っていたらその帰りとおぼしき人に声を掛けられたりもした。

上の写真の右側、舞鶴市に流れる伊佐津川の河口付近が吉原地区となる。

さっそく細い路地が現れたがこの程度は序の口もいいところ。

集落の入り口には神社。


吉原地区には江戸時代に建てられた民家も残っているということで趣を感じる家も多い。町割も当時から変わらないということがこの狭い住宅街の理由になる。

一見すると長屋に見える住宅もかなり古そうだ。家と家の感覚はかなり狭く密集している様子が伺える。


一般的な路地裏の細い道程度の場所もあるが、少し進めばこんな感じになるためGoogleマップの案内で通ってしまった日を考えると恐怖しかない。

潰れそうな住宅。



所々にある標語看板がいい味を出している。






狭い住宅街だが、店舗や店舗跡が多く残っていた。

その中でも代表的なのが旭湯という銭湯。


令和の現在でも営業中で文化庁の登録有形文化財にも指定されている。吉原地区のランドマークとも言える物件だ。

マリンバンクしんぎょれん。
一瞬何だろうと考えてしまったがここは漁師町、漁連だとすぐ気づくことができた。何気に初めて見たかも。


そして集落の中心に吉原入江がある。

最初に写真を載せているためお分かりだと思うが、このギリギリの水位がベネツィアと呼ばれる所以。遠くに船が見える。

もうひとつ手前の橋が入江の起点か。

起点付近の橋から眺める。こっちから見るとベネツィア感は薄め。

逆側。お?


青鷺!
絵になる所に鎮座してくれているなぁ。地域柄なのかカメラを構えても逃げる素振りを見せないのもありがたい。


路地裏のさらに裏は車1台すら通れない道ばかり。

その狭小住宅街でも特にDEEPなのが唐突に現れるこのエリア。

看板のある手前から幅員は充分に狭小だと思うのは野暮だろうか。



通ってみた感想は「狭小」の一言に尽きる。ここに限らないが、この狭さと密度が合わさって独特な雰囲気が形成されているように思える。


ただでさえ狭い道路だが結構自由に使ってらっしゃる印象でこの辺りのスローな感じも吉原地区の魅力だと思う。


この道路にあった廃屋。
隣は更地になっているため不可能ではないものの、軽自動車も通れない道路では解体工事も難航しそうだ。

廃屋のあった通路から入江を眺める。
ここだけでなく集落内には入江に通じる場所があり人と違った写真を撮りたい人はこの迷宮に迷い込む必要がある。

反対側にも同様の看板。

もちろん手前の道路も狭小。

集落の外れにある水無月神社。

隣に掛かる水無月橋が一番有名なフォトスポット。ちょうど写真を撮っている人がいた。


水無月橋から望む景色。
目と鼻の先には舞鶴湾が広がっている。


半年ぶりの訪問となったが新しい発見もあり大満足だった。私はこういう所ばかりに行っているため感覚がズレているかもしれないが、普通の観光に取り入れるのはアリだと思う。名所と言われる場所とは違ったダイレクトに生活感を感じる魅力もあり舞鶴観光のワンクッションにオススメだ。
一方で重伝健に向けては建物の保存に課題がありそうだ。お世辞にも保存状態が良いとは言えず、空き家や廃屋も目立った。ここに限らず指定される場所は現在の建築基準法の外にあったり自動車インフラに対応していないのは珍しい話ではない。しかし、ここまでの狭さと密度に対応するのは偉い人でも頭を抱えそうだ。


重伝健だろうがなかろうが吉原地区の魅力は変わらない。
それでも後世に残していくということを考えると指定されて行政からの補助は必須だろう。
しばらく動きがありそうな地区であるため情報収集のアンテナは張っていたいと思う。
次回は西舞鶴の市街地へ。