

グンマー帝国の首都ということでそれなりに栄えているものの、帝国は車社会ということで中心部の商店街はシャッターの降りた店が目立つ。その中でもここオリオン通りは昼間でも人通りが少ないシャッター街となってしまっている。

この日は土曜日。
隣にある中央通り商店街は休日になると活気のある印象でそこと繋がる弁天通り商店街にも人が流れてくる印象なのだが、ここは見ての通りの状況だ。

その中でも例外はある。
それがラーメン二郎前橋店。インスパイアが全国的に拡大を続ける二郎系の本家本元の暖簾分け店はとてつもない集客力を見せている。


その他の店はといえば老舗店の閉店も相次ぎ本当に壊滅的な状況となっている。
約100mのアーケード内で現役の店は少数となってしまっている。

そんな状態であるため、私みたいな人間からすると本当に落ち着く場所なわけで群馬県でもお気に入りの商店街だったりする。

床には誰もが知っている齧歯類。著作権はどうなっているかは知らん。


オリオン通りは前述の前橋ウィッチーズ以外にもロケ地として有名。


それが、もはや伝説となっている実写版のデビルマン・・・。
物語中盤の市民を巻き込んだ銃撃戦のシーンはオリオン通りで撮影された。色々あった後に明と了がアーケード屋根の上に登り、上州の山々を背景に爆発が起こるというサービスたっぷりなシーンだ。


☆マークにRue Orionのロゴとロードショウの文字が可愛い。
商店街の名前でありオリオンはかつてここにあった映画館オリオン座ビルに由来する。

現在は駐車場となっているが映画デビルマンでは往時の姿を確認することができる。その当時も映画館としては既に閉館していた模様。現在は見ての通り駐車場となっている。


グンマー帝国の名所たち。
こっちは著作権的にもオッケー。


路地に繋がるサイドにもオリオン通りの看板あり。
”あかるい街”という標語がなんともいえない・・・。

前橋の街並みも最高に地方都市感があって良い。


スニーカーのonが全面にある珍しい店舗跡。
私も1足持っていて履きやすいし歩きやすい。だけど足底に小石がめちゃくちゃ挟まるのが結構なストレス。

アーケード屋根を観察。

かまぼこ型で丸みを帯びた頑丈そうな屋根。
高さがしっかりとあり、透過率は低めで日中でも暗めな印象。

屋根にはステンドグラス風で星の模様がある。
ちょうど執筆時の冬季はオリオン座が美しい季節だ。

そういえば一時期星景写真に凝っていたけどいつの間にか行かなくなったな。
歳のせいにするのは嫌だけど最近は休みの日に起きれなくて興味のあったものからどんどん遠ざかっている気がする。


おっと、話が脱線してしまった。
何の話だっけ?そうそう、笑顔でいるのが何よりの幸せよ!

いやいや、そんな事ではなくて肝心な話を忘れていた。
このオリオン通り商店街にはもうひとつの異名があるのだ。支柱のところをよーく見て欲しい。

(ブラビ通り商店街)

ブラビと聞いてピンとくる方はいらっしゃるかな?
ウッチャンナンチャンの南原清隆さん率いる”ブラックビスケッツ”略してブラビ!
90年代に一世を風靡した大人気番組ウリナリで結成された悪の音楽ユニットなのだ。
たぶん30歳以下の方からすると何のこっちゃという話だが、最近の90‘リバイバルでTimingなどの楽曲が注目され23年の紅白歌合戦にポケットビスケッツとともに出演したことは存じ上げているかもしれない。


ウリナリ番組内の企画で地方の衰退した商店街をブラビメンバーの力で活性化させる的なものがあった。そこで選ばれたのがこのオリオン通り商店街。商店街の名称をブラビ通りと改名し、ブラビ像なるものを売り出して人がたくさん集まって元気ある商店街になりました。めでたしめでたし的なオチだったはず。

それがオリオン通り商店街だという認識は無かったのだが、言われてみればこんな感じの商店街だったという程度には覚えていた。それだけ当時の小学生には人気のあった番組だったのよ。観ておかないと月曜日の給食の時間の話題に付いていけなくなったりした。ポケビ解散反対署名もしたし、ホワイティへ電話投票もしたぞ。ウリナリ解散総選挙で見限ったが…。

現状を見る限り、集客は一過性のものであったのだろう。テレビの企画など1年経てば記憶の片隅に追いやられるもの。安易な名称変更など大人からしてみれば思うことがあった企画なのかもしれない。もっとも正式には名称変更されていなかった模様だが。

以上、オリオン通り商店街ことブラビ通り商店街。
90年代の伝説と00年代の伝説のW聖地。私がブラビ通り商店街を認識したのは10年前くらいにブラビ像がヤフオクに出品されているとニュースになった件。確か限定20体で定価を下回る値段で落札されたはず。その時に商店街の現状もリポートされ、商店街に寄贈されたブラビ像がチラシの束の重しとして使われていたとかそんな話もあった気がする。なんにせよ四半世紀前の名称が今も残っているのは感慨深いことですけどね!
あの頃に帰りたい・・・。