廃屈な日々

廃色の景色を求めて西へ東へ

長浜タワービル 滋賀県長浜市

長浜の東京タワーもどき

珍スポット界隈では非常に有名な物件。

1964年に「長浜にも東京タワーみたいな名物を作りたい」と地元の有志が建設した長浜タワー。正式には長浜タワービルと呼ぶ。

 

長浜駅には初めて降り立ったのだが琵琶湖観光の雄だけあって豪華。

擬洋風建築の駅舎に駅ビル。ノスタルジックな雰囲気が香る街の顔としてこの上ない。

 

駅舎の隣にはもちろん平和堂系列のスーパー。

滋賀県と言えば琵琶湖に田んぼと平和堂。基本ですねぇ。

 

さて、こちらが件の長浜タワー。

タワーといってもビルの上にちょこんと鉄塔が立っているだけ。

 

建物のオーラが高度経済成長期のそれ。

塗装こそ真新しいがこの雰囲気は一朝一夕にはいかないだろう。

 

この鉄塔は東京タワーのように電波の送受信の機能はなく、あくまで東京タワーを模した飾りとなっている。往時はビルの5階に有料の展望台があったそうだ。

 

横から見ると結構ペラい。

 

そして注目していただきたいのが「NAGAHAMA TOWERBILL」の文字。

 

本来なら「BUILDING」にすべきところが「BILL」と間違っている所も珍スポットとして長年愛されている所以だ。

 

現在長浜タワービルで営業している店は1軒もない。

 

しかしながら塗装は新しい。

2021年にこの物件を買収した不動産屋が飲食店を中心とした商業ビルに生まれ変わる計画を立てていた。公式SNSでは2022年開業予定でオープニングスタッフ募集の投稿が見られる。しかし、その投稿を最後に音沙汰がないことからどこかで頓挫してしまったみたいだ。

 

ガチレトロな物件なんでこういう場所で”長浜プリン”でも売ればウケるんじゃないっすかね。知らんけど。

 

向かい側に建つ洗練された擬洋風ビルとの対比も面白い。

 

以上、長浜タワービル。

2026年現在では完全な空きテナントビルと化した長浜の象徴。前に来た時がそれこそ塗装工事をしている最中で「これから生まれ変わるのだろうな」なーんて思っていたけど復活されずにズッコケました。珍スポットってやつはこれだから侮れない!!

駅前楽天地 新潟市

変わりゆく駅前の空白地帯

この手の場所に興味を持ち始めた10数年前の北陸の主要駅前はレトロスポットの宝庫だった。もう駅ビルからして昭和の香りが凄まじく、いつか訪れてみたいと夢描いていた。残念な事に時の流れというものは残酷で気づいた時には再開発、再開発の雨あられ。ここ新潟駅もその流れに逆らわず。私の行動範囲が広がった頃にはすっかりと味のない駅前へ姿を変えていく最中となっていった。

 

しかし、新潟駅前には駅前楽天地が残っている!

 

裏側からアプローチ。

 

近代的なビルに囲まれた中に残る純度100の昭和空間。

 

詳しい時期は分からないが昭和30年代からそのままということ。

こういう場所が残ってくれて本当に嬉しい。

 

中は新しめの店が多い印象。

最近は地方にあるこの手の場所が元気になっている姿をよく目にする。賃料の問題など抜きにしても画一化された街にはない”味”も魅力なのだろう。

 

唯一の角を曲がると・・・

 

セピア色のアーチが待っていた。

 

うーん、渋い!

 

表面は色がビビッド。

 

老齢ビルディングの間に形成されている。

 

こちらは廃業した店舗跡が目立つ。

 

鑑札を観察。

 

明るい店なるプレート。

 

もちろん元気な店もある。

 

おひとり様歓迎の文字は大体おひとり様の自分にはありがたい。

 

以上、駅前楽天地。

再開発の進む新潟駅前に残る貴重な昭和遺産。新潟県はそこまで行けてないけど一番印象に残っているのがこの場所だ。今度は雪の積もった頃に再訪したいかな。

人情横丁とぷらっと本町 新潟県新潟市

趣味と味の名店散歩路

外観から放たれるオーラが半端じゃない人情横丁。

趣味と味の名店散歩路とあるが果たしてその実力とは?

 

ガッデム!

まさかのほぼシャッター。これ昼間来ても楽しくないやつか?

 

人情横丁は長屋が4軒。

そして今気づいたけど2軒しかまともに歩いていなかった・・・。

 

横丁の中央には立派な神社。

 

ギザギザ屋根が特徴的。

「ハモニカ横丁」と呼ばれることもあるとか。

 

昭和26年から始まり、当初は生鮮食品中心の市場だったみたい。

 

テナントは空きが目立つ。

勝手に居酒屋系の横丁だと思っていたが雑貨店なんかも多い様子。夜に来てもそこまで雰囲気は変わらないかも。

 

しかしながら見事な外観。これ見れただけで満足。

正式名称は本町中央市場商店街といって長屋4軒ともに新潟市民遺産に選定されている。なんで2軒しか歩いてなかったのかといえば・・・

 

途中で全蓋式アーケード商店街があったから!

 

夏の暑い日だったし、こっちに吸われて戻っちまったのだと思う。

 

こちらは「ぷらっと本町」というアーケード商店街。

 

幅広で緩めの三角屋根が特徴的。

 

ここにも"味"のある市場があった。

 

魅力的な海鮮メニュー。

太平洋側の人間なので日本海の魚というだけで何か特別感があるんだよなぁ。

 

でもこの日は燕背脂ラーメンを食べると心に決めてしまっていたの。すまん!

 

以上、人情横丁とぷらっと本町。

全部歩けていないのでいつか再訪したいですな!

古町花街 新潟県新潟市

新潟の日本三大花街

古町商店街に並行する形で存在する古町花街。

その名の通り歴史は古く、江戸時代初期に書かれた「遊里遊郭番付表」では、京都・大阪・江戸の三都に次ぐ番付であった。昭和初期には祇園・新橋とともに日本三大花街に数えられるくらいの規模感を誇ったということ。

 

この辺りは第二次世界大戦の空襲から免れたということで古い建物も多く残っている。

 

多くの建物に「ふるまち花街」と記された提灯があった。

明治31年には遊郭は本町14番街の新潟遊郭に移転統合され、芸妓だけの「古町花街」が誕生したということ。昭和後期になると芸妓の減少と高齢化が目立ち、衰退していった様だが、最近では株式会社の介入にて若手芸妓の育成も積極的に行われている。令和の世でも現役の花街だ。

 

そんなこんなで古町花街。

現在でも置屋があり、料亭や居酒屋・スナックなどが密集したエリアとなっている。

 

いきなり花街っぽくない店。

 

上を見れば趣のある二階の手すり。

 

こちらは1800年代に創業された料亭鍋茶屋。

皇族や各界著名人も通ったとされる高級料亭。

 

路地を抜けた先は古町8番町商店街。

 

昭和の匂いがするビル。

 

ステンドグラス。

 

情緒ある通りですな。

 

この手の料亭には縁の無い人生だがいつか行きたいものですな。

 

そういえば最近kindleの11円セールで包丁無宿を全巻購入。そして新包丁無宿の方も電子化を望む・・・。

 

徐々にスナック店が多くなってきた。

 

通りを進むとその傾向はさらに強くなる。

 

カフェーやバーといった営業形態は花街にとっての黒船来航。戦後になるとこの手の店に客が奪われたという話は色々な場所で耳にするがここではどうだったのかな。

 

素敵な路地が多いこと!

 

もちろん趣のある料亭もたくさんあり〼。

 

古町花街の道碑。

 

置屋さんだ。

 

古町花街の芸妓さんは柳都振興株式会社の運営。

株式会社ってあまり聞いたことないなと思ったら日本初の株式会社の置屋でした。

 

風俗営業の鑑札プレート。

 

以上が古町花街。

狭いエリアに密集しており路地裏観察が楽しい場所だった。

 

古町9番町と8番町商店街にも花街の痕跡があった。

 

支柱を見ると古の芸妓さんがいた。

 

そしてふるまちモールへと道が続く。

 

そしてこの手の場所と切り離せないのが大人のお風呂屋さん。古町花街とエリアは違うが同じ通りにあった。

 

遊郭と切り離したという経緯があるのだが、現役バリバリの風俗店街でもある。

 

昼間から黒服さんが店先にいる感じではないためカメラ片手でも歩きやすかった。

推奨される行為ではないがこういう風俗街を昼間に歩くのは強烈な非日常性があり面白いのです・・・。

ふるまちモール6&7 新潟県新潟市

新潟島の商店街

あぶさんの見つめる先にあるふるまちモール6と7。

 

ふるまちモール5と雰囲気は似ているが屋根の形や電飾周りに違いあり。丸みを帯びていた5と角ばった6といった所か。

 

大衆演劇にレトロなビル。このパチンコ屋も雰囲気あるなぁ。

思わずギョッとするマネキン達。

私もこれだけ首が長ければファッションも楽しかっただろう。

 

「6」の中にいるキャラが可愛い。

 

ここの通りは所々にレトロな雰囲気が残っている。

かつては財閥系の銀行支店があり経済の中心だったそうだが、今では日用品店や娯楽といった大衆向けの店が多い。その他、製菓とメディア系の専門学校もありバラエティに富んだ商店街だった。

 

続いてふるまちモール7。

 

5と6に対して雰囲気がガラッと変わる赤を基調としたデザイン。

 

緑に対して赤。

ちなみに私は赤いきつね派だ。

 

三角屋根と支柱にはリング。

 

かなり広々としております。

 

ふるまちモールの先にも古町商店街8・9と続くのだが全蓋式アーケードはここでお終い。

 

幅員が広いせいかがらんとした印象が強い。

右に見える真新しい施設は古町ルフルという官民一体のテナントビルで大和デパート新潟店跡地に建てられた。おそらくだが、この人の往来の少なさはこのビル目的に来る人が大半だからと思われる。大和デパート新潟店は2010年に営業終了、古町ルフルは2022年に開業と生まれた子供が小学校を卒業するくらいの空白期間があった模様。

 

そういえば昔使っていたrealmeのスマホにはKodakフィルムのフィルターが備わっていた。(技適警察さんご容赦ください)

 

中華スマホ界隈は空前のカメラメーカー協業戦国時代。xaomiはLeica、oppoはHasselblad、vivoはZEISS、realmeはKodakでいくかと思いきやRicohのGRと斜め上の展開となっている。そのうちfoveonスマホなんてのも登場してくれませんかね?

 

中華と言えばパンダ。

まさか日本からパンダがいなくなる日が来るとはね。

 

以上、ふるまちモール6&7。

次回は古町花街の記事を更新する予定。

ふるまちモール5 新潟県新潟市

山田太郎に会える商店街

今回からしばらく昨年の夏に訪れた新潟市の記事を更新したいと思います。

今回の写真は全てsigma65mm f2で撮りました。以前から65mmという画角に憧れがあって昨年の夏に購入しましたが、使いこなせず今では防湿庫の肥やしとなっています。しかしながら見返してみると悪くないんですよね。自分で撮った写真ぽくないまとまりがあるというのか何とか。普段は必要以上に撮りすぎて写真のセレクトに挫折してしまうことが多いのですが、今回は枚数も少なくとても楽でした。昨年度はズームレンズばかり使っていましたが今年度は単焦点レンズを積極的に使っていきたいと思います!

 

ふるまちモール5の正式名称は「古町通五番町商店街振興組合」。全長約180メートルの新潟県では希少な全蓋式のアーケード商店街。

 

”古町”と名前の通り、歴史は古く1655年明暦元年から形づくられたということ。

立地的に日本海と信濃川に囲まれ、河川舟運と海運、双方の拠点港として古くから栄えていたらしい。

 

レディースファッションの店が目立つ。

北陸地方の女性衣料品店はどこか品を感じる老舗店が多い印象。

 

一方で路地裏はアナーキーな雰囲気。

 

その先は大人のお風呂屋さんなので・・・。

古町は古くから栄えていたと記述したが、そうなってくると花街もあるんすよね。

 

「ふるまちモ」で途切れているのが惜しい1枚。いつまでも成長しませんな!

 

そしてこの商店街の最大の特色は設置された7体の銅像。

 

この咥えた葉っぱが特徴的なキャラは・・・

 

”悪球打ち”岩鬼正美!

そう、この商店街は水島新司まんがストリートという異名もある通り、新潟市出身の漫画家水島新司先生のキャラクター銅像が並んでいるのだ。

 

ドカベンより”秘打・白鳥の湖” 殿馬一人。

 

野球狂の詩より”よれよれ18番”岩田鉄五郎。

 

そしてドカベン主人公の我らが山田太郎。

2015年にこれら銅像の撤去騒動があった。結局は地元の存続を望む声が挙がり、撤去は免れた。この山田太郎像でケツバットをやられている写真がネットで出回り、水島新司先生の目に触れたのが発端のひとつとされている。他にも自転車が立てかけられていたりといった管理状態に疑問を持ったという話もあったが、現在は見ての通りプランターで囲まれて銅像を守っている。

 

さて、お次はドカベンより”小さな巨人”里中智。

 

野球狂の詩より”ドリームボール”水原勇気。

日本初の女性プロ野球選手。いつの間にか出産していた。

 

ラストを飾るのはあぶさんより”のんべ鷹”景浦安武。

62歳で引退した時はスポーツ新聞の記事にもなりましたネ。

 

以上、ふるまちモール5。

私は水島新司作品にそこまで思い入れはない方だが、なんやかんやで歩くと楽しい場所だった。

柳小路飲食店街 山梨県甲府市

昭和の雰囲気残る横丁

春の陽気に誘われて甲府市にやってきました。

先日のことですが、歩いていない香ばしい路地裏を発見してしまいましてね・・・。甲府の繁華街は何度も訪れているため勝手に制覇したものだと思い込んでいましたが、まだまだ甘かったようです。

 

柳小路飲食店街は甲府市中央4丁目に位置している。遊亀通りと城東通りの交差点裏にあるL字型の横丁。繁華街の中心から少し外れた場所にひっそりとあった。最盛期の昭和末期には35軒の店が連なり賑わいを見せていたらしい。

 

北村時計店さんを左折。

まさかこの先に横丁があったとは・・・。

 

左手前にはカフェ調の物件。曲がり角には石祠も見える。

 

この石祠には柳小路飲食店街を守る火伏の神が祀られているということ。

 

石祠を曲がるとメインの横丁。中央には電飾のアーチが残る。

以前は遊亀通りに沿った場所に電飾のアーチ看板があったらしいが現在は撤去されてしまっている。

 

 

残っている店も実に昭和臭い。

同じ甲府市のオリンピック通りや新天街に比べるとこざっぱりした印象だが昭和の濃密な雰囲気は色濃く残る。

 

店舗の外観だけでなく電飾のデザインや貼り紙などからも往時の名残が感じられた。

 

Googleマップの口コミを見ると柳小路飲食店街は閉業と記載あるがリノベーションした店が全盛期に比べれば少ないながらも営業している。

 

アールを描いた丸みを帯びた店舗跡。

 

退廃的な雰囲気が実に良い。

今まで見逃していたのが実にもったいない。

 

斜めに切り取られた入り口。

 

そして豆タイル。

散りばめられたスタッズが美しい。

 

年代物の牛乳受け。

 

こちらの食事喫茶椿さんは2020年開業と情報あり。他にもベーグルが名物のカフェやゲストハウスなどに改装された店舗があるらしい。

 

以上、柳小路飲食店街。

まさか甲府市に未見の良物件が残っていたとは・・・。

前情報無しの初見で辿り付くのは難しい場所だと思うが繁華街とも近く甲府駅に立ち寄った際は是非尋ねてみてもらいたい場所だ。

 

おまけ

そういえば2026年は甲府市が全国で最速の桜満開発表だった。

 

発表から1週間以上経っているが舞鶴城跡は見頃だった。

 

甲府市に来ても路地裏を歩くばかりで普通の観光地に来るのは久しぶりだ。

 

桜はやっぱり美しい。

大好きな冬が終わったと実感する春という季節は嫌いなのだが桜や自然風景は別。そもそも冬が好きなのは単純に暑いのが嫌なだけだしね。

 

山梨県といえば笛吹市の方にある桃畑も美しい。

初めて訪れた時は「桃源郷」という言葉をしみじみと実感できたほどだ。

 

とりあえず季節を感じることができて良かった。

 

信玄像の桜は残念ながら終。

物騒な世の中だがノーモア関ケ原合戦じゃ!