廃屈な日々

廃色の景色を求めて西へ東へ

大嶺城 廃墟 長野県長野市

大嶺城 チョウと自然の博物館跡

長野市の有名観光地である善光寺。その後ろの大嶺山に建っていたのが大嶺城。

大嶺城は上杉氏が武田氏の旭山城の向城として築いた城であり、かの有名な川中島の戦いでは重要な拠点となったとされる場所。1962年に長野市が観光目的で鉄筋4階建ての模擬天守を建設。1981年に「チョウと自然の博物館」としてリニューアル。

 

大変人気のある施設だったようだが、1985年に発生した地滑りで市街地と結ぶ戸隠バードラインの一部が廃道となり来場者が激減。2001年に閉鎖が決定となり、2007年に営業を終えた。一応は休止中ということで現在も長野市が管理している。城門から天守を通るルートがトレッキングコースになっているため門は開かれたままである。

 

現在も車で登ってくることは可能。上記の経緯のため、道は幹線道路から外れて細く険しい上に管理が行き届いていない。車の底を擦るような部分は無いものの、伸びた枝木が容赦無く車を襲う。

 

門の前にある広場には公衆トイレと東屋。

トレッキングコースの休憩所も兼ねているのかトイレは閉鎖されていない。

 

薮に埋もれたベンチ。

 

大嶺城の方向には模擬石垣。

 

この辺りはあんまり管理はされていない様子が伺える。

いざ、天守へ。

 

受付っぽいカウンター。

 

戸締りされていない。

 

生きた昆虫展の看板と木槌。

 

受付側はゴタゴタしている。

 

開放するのは門だけいいはずなのにサービスが良い。

 

なんだか懐かしい感じがするゴミ箱。

昔はどこの公園にもあったのだが、今ではすっかり見なくなった。

 

模擬天守までの階段は緩やか。

 

階段から見た城門。

 

模擬石垣に「大嶺山展望台」のプレート。


大峯城は残念なことに固く閉ざされている。

 

近くまで来ても伸びた木々によって良く見えない・・・。

 

ちなみにこの城のデザインは歴史考証を全くしていないらしく往時の姿とは別物。それだから"模擬"天守なんだけど、他の模擬天守では参考元があったりするがそれすらも無いらしい。なんとも言えないチープな城門も同様だろう。高度経済成長期の観光地のテキトーっぷりが遺憾無く発揮されている。そこが逆に堪らないのだけど。

 

入り口のシャッター前には落下したと思われる瓦のパーツが置かれている。この場所は国有林ということで閉館後も長野市は毎年100万円以上の借地料を払っているとか。廃墟あるあるの解体費が捻出できないことが理由らしい。

 

外灯かなと思ったら・・・

 

チョウのオブジェ!

 

トレッキングされる方はさらに奥地へ。

見るからに素敵コースだが、熊の目撃情報があるということで怖い怖い。

 

立地的に市街地が一望できる場所なのだが伸びた草木でほぼ見えない。往時は見晴らしの良い場所だったのだろう。

 

以上、大嶺城チョウと自然の博物館跡。

廃墟マニアの目線から見たら物足りなく感じる部分も否めないが、貴重な高度経済成長期の観光遺構のひとつ。昔は鉄筋コンクリートの城って面白みがないなぁなんて思っていたけれど、サンプリング元を調べたりする楽しみがあり、逆に復元天守よりも面白く感じている。