廃屈な日々

廃色の景色を求めて西へ東へ

桐萩遊郭跡 青森県三戸町 赤線

風前の不夜城

三戸城の城下町として栄えた青森県三戸町

有名な絵本「11ぴきのねこ」シリーズの作者馬場のぼる先生の出身地ということで町を挙げてアピールしております。

 

JR八戸駅から私鉄青い森鉄道に乗り換えて到着。

この辺りはどこも電車の本数が少なくて予定を組むのが結構大変だった。

 

目的は三戸町に残る”桐萩遊郭”の跡地。

三戸駅から約3km。コミュニティバスに乗ろうと予定したはずが乗り方を間違え、置いてきぼりを食らっちまって徒歩での移動となった。

 

ちょうどこの看板の奥に桐萩遊郭があったとされる路地になる。

 

全国遊郭案内によれば”貸座敷3軒、娼妓18人位”という記述がある。最盛期には10軒程度まで増えたそうだが、現在はどんなものだろう。

 

さっそく趣のある廃屋がお出迎え。

 

センターに設置された出窓。

たばこ屋さんとかで見かけがちなやつ。左下の小窓で金銭のやり取りができそう。

 

車のすれ違いも難しそうな道路。人の気配は無く、澄んだ空とは対照的に空気が重い。

 

ほぼ山である丘の上に建築された城の麓とあって市街地を一望できる。

 

ちなみに平屋ではなく崖に沿って建てれている。たぶん再建築は不可能。

 

桐萩遊郭の特徴として山側に妓楼、崖側にスナックなどの飲食店が並ぶ。

 

お!

 

おおー!!

 

これを見に来たといっても過言では無い。ということはその上には・・・

 

あったー!スナックともこ!!

 

この哀愁漂う姿・・・たまらん!

 

思ったより上目遣いなともこ。

 

はるばる来た甲斐がありました。

この妙な達成感に包まれるこの瞬間のために生きております。

 

特に珍しい鑑札は無し。

 

それにしても壮絶な姿。

虚空を見つめる二人のともこ。その先には何が見えているのでしょう?

 

どうもありがとうございました。

 

隣にもスナック跡と思わしき物件。

 

元の看板を隠す形でコカコーラの貼り紙。

 

ファンタのロゴは1974〜1987年、スプライトのロゴは1964〜1974年。つまり1974年の広告だということが分かる。路上観察って面白いね。

 

”山口楼”と思われる物件。ここから転業旅館っぽい物件が並ぶ。

 

手すりに意匠あり。

 

全体的に飾り気は手すりくらい。

 

中をチラ見。右上に見えるタペストリーが良い味を出している。

 

”よか楼”と思われる物件。転業旅館の雰囲気が残る。

 

飾り窓だ!

 

こっちにもあった。

 

松。

これは何だろう?メタモン

 

廃業した旅館松月。名前の通り”松月楼”から転業した旅館。

 

左側に見えるしめ縄の先には金勢様を祀った祠があるらしい。祠の中には木彫りの男根があるとかなんとか。

 

料理の文字もあり料亭も兼ねていたと思われる。

・・・さっきから推測ばっかだな。

 

その隣に聳えるのが桐萩遊郭の目玉ともいえる木造3階建ての”福徳楼”。

 

威風堂々な面構え。

 

割れた窓から覗く巨大な巣。夏と秋は危険地帯待った無し。

 

1階部分もちらっと。

 

遠目から見ても威圧感が半端ねーっす。

 

隣の”みどり楼”跡。

 

薮がモンジャラ状態で全く近づけん!

 

その横にもモンジャラ。もしかしたら”時和楼”の跡地かも。

 

以上、桐萩遊郭跡。

赤線っぽい妓楼跡、青線っぽいスナック跡のそれぞれを堪能できた。

二度の大火を乗り越えた赤線だがゾンビのように蘇り、現在でも遺構はたっぷりと残っている。しかし、ほとんどが朽ち果てており風前の灯火状態。赤線時代は真夜中でも明かりが消えることなかった不夜城も廃止後は立地の問題もあって存続に苦労があったと思われる。