廃屈な日々

廃色の景色を求めて西へ東へ

布施新地 東大阪市 赤線

短命だった布施新地の今

布施新地は近鉄布施駅から歩いてすぐの場所にあった赤線地帯。

昭和26年から表向きは花街として生まれ、売春防止法が施行となった昭和33年に消えていった短命の遊里として知られている。

 

現在も居酒屋やスナックなどが軒を連ねる歓楽街として残っているものの、どこか寂れた雰囲気がある。

 

さっそくカフェーちっくな物件と出会う。

 

一応は芸妓のいる花街として成立した背景もあり、料亭風の建物もあった。

 

表側は和風建築であったが、横を見ると和洋折衷。

 

その向かい側も趣のある建物。

 

少し離れた場所にあった関連していそうな物件。唐突に現れる石畳に花街の余韻を感じる。

 

これだけ残っていたら及第点以上でしょう。

 

コインパーキングに隣接する長屋。

こちら以前は「寿三郎横丁」という青線的な横丁があった場所になる。残念ながら2017年に火災で消失。全盛期のいかがわしさMAXの姿を見ておきたかったなぁ。

 

こんな感じの建物がずらっと並んでいたのだから、壮大な景色だったんでしょうね。うーん惜しい!

 

繁華街の方にはカフェー的な物件がちらほらと。

このさくら通りにも面白そうな店が並んでいるのだが、道路工事もあって思うように散策ができなかった。

 

昭和の盛場という雰囲気を感じながらも遠くに見える高層マンションが時代の移り変わりを写す。

 

奥に見える巨大な建物。

 

ほぼ廃墟状態。

 

ご自由にどうぞという看板。意外と多くの人が足を止めていた。いわゆる大阪人の血ってやつですかね。さすがに物を持っていく人はいなかったけど。

 

梟。

 

ちなみに以前紹介した愛染小路もこのエリア。

 

夜は活気のありそうなあじろ横丁。

 

飲んで唄って踊れる看板。周りの電飾がカラフルでいいね。

 

雑居ビルに入る夜の店も多い。

 

大阪っぽいゴタゴタした感じも味わい深い。

 

以上、布施新地の現在。

移り変わる街の景色に所々残る面影。

昔を知らない自分からすると満足できる場所であったが、昔のいかがわしさMAXだった時代を思うと随分と寂しくなった印象。あと10年が限界と言われている赤線歩きという趣味。いつかこの記事も昔を懐かしむ題材になったら幸いに思う。