廃屈な日々〜旅と廃墟の回顧録〜

静岡県を中心にちょっと違った旅の記憶と記録。

美の条例のまち 真鶴町を歩く 

 

私は真鶴町が好きだ。

初めて訪れた時から魅了されて止まない。

隣町の熱海や湯河原のような誰も思い浮かぶ様な観光資源のない地味な港町。それでも私の心を掴んで離さない。真鶴には他のどこにも負けない町並みがあるのだ。

 

 

高台から望む美しい町並み。

斜面に沿って建てられている密度の高い家々と広がる海のコントラストが楽しい。遠くまで見える地平線は地球が丸いことを思い出させてくれる。

 

 

街はどこを歩いても懐かしい面影を持つ。田舎の漁港らしい面も魅力のひとつだが、何気ない町並みにこそ真鶴の個性が光っている。

 

 

魅力あふれる路地裏。これがなんと多いことか。

ひとつひとつの路地が冒険心をくすぐる。この先へ行けばどうなるのだろうか、そんな好奇心が掻き立てられる場所が無数に存在している。

 

 

極めつけは路地を繋ぐ階段たち。

半島という地形の特性上、起伏が激しくなる。その高低差を移動する手段が無数に存在する階段だ。この階段の存在が好奇心を加速させていってくれている。

 

 

降りるか否か。

人生とは選択の連続である。そんな風に考えるのも一考か。

 

 

Don't think fell.

考えるな、感じろ。思うままに歩くも良し。

大人になってこれだけ道に迷う経験もなかなか味わえないもの。ただ、あまりにも考えず登ると民家の階段だったりするから注意が必要。

 

登り切った者だけが見える景色がここにはあるはず。

 

 

単純に美しい街並みなら他にもあるだろう。

例えば街道沿いの宿場町や異国を模して作られた別荘地などと比べるならば単純な景観の面では負けるかもしれない。ただ、このなんともいえない生活感と同居しているのは唯一無二に思える。

 

 

さて、この独特な雰囲気はどうして生まれたのだろうか。

 

その答えは「何も変わらなかったから」だ。

変わらなかったからこそ、変わって行く周囲の街と差別化されており、それが個性となった。日本で数少ない景観の守られた町ということになる。

 

 

こちら奥に見える図書館にて真鶴町の町づくりを勉強することができる。

大きな転換点を迎えたのが1980年代のバブル景気。隣の湯河原、熱海に続いてリゾート開発の波がやってきた時代に遡る。詳しくは省略するが、その大きな資本を前に住民が選択したことが開発を受け入れなかったということ。経済よりも今ある景観を壊されないことを優先した結果だ。

 

 

その守りたい風景を後世に紡ぐ条例が通称「美の条例」であり「美の基準」となる。

正式名称は真鶴町まちづくり条例なのだが、建物や土地に関する手続きのルールを示し、無闇な開発を防ぐものとなっている。

 

 

条例では、真鶴町のもともと持っていた美しさを8つの基準に分類し、69の項目にまとめられている。

 

①場所 

建築は場所を尊重し、風景を支配しないようにしなければならない。

②格付け 

建築は私たちの場所の記憶を再現し、私たちの町を表現するものである。

③尺度 

すべての物の基準は人間である。建築はまず人間の大きさと調和した比率をもち、次に周囲の建物を尊重しなければならない。

④調和

建築は青い海と輝く緑の自然に調和し、かつ町全体と調和しなければならない。

⑤材料

建築は町の材料を活かして作らなければならない。

⑥装飾と芸術

建築には装飾が必要であり、私たちは町に独自な装飾を作り出す。芸術は人の心を豊かにする。建築は芸術と一体化しなければならない。

⑦コミュニティ

建築は人々のコミュニティを守り育てるためにある。人々は建築に参加するべきであり、コミュニティを守り育てる権利と義務を有する。

⑧眺め

建築は人々の眺めの中にあり、美しい眺めを育てるためにあらゆる努力をしなければならない。

 

これら基準からなる各項目のキーワードは抽象的な表現が多用されていて面白い。文学性すら感じるワードもある。内容も数値など具体的な表記ではなく、あくまで概念だ。

 

それでは美の基準の項目について、一例となるが代表的なものを見ていこう。

 

【静かな背戸】

 

美の条例を象徴する基準。静かな背戸・・・いい響きだ。真鶴町では、車の通れないような路地裏を背戸道と言う。日常の喧騒からそっと離れられる静かな路地裏を表している。

 

【青空階段】【座れる階段】【地の生む材料】

 

階段の町らしく複数の項目で取り扱われている。階段は見る所、見られるものとされ、自動車に轢かれる心配のない場所との言及もある。言われてみれば確かに階段ほど安全に休憩できる場所はないかも。材料は真鶴半島で採られた石材のものも多い。

 

【路地とのつながり】【豊かな植生】

 

路地とのつながりの本文にて「真鶴町は階段を含んだ路地が美しい」とある。全くもってその通りだ。背戸道には豊かな植物と続いていく階段が見える。その美しさを感じるのは美の基準が相互に作用しているからだと思う。

 

【舞い降りる屋根】

 

舞い降りるというワードチョイスが抜群に良い。

 

【店先学校】【海の仕事、山の仕事】

 

地域の仕事の風景を見せる基準。日常から学習の機会を持つようにしている。

漁師仕事や干物を干している風景はもちろんのこと、石材店も軒先に石材を出すだけでなく気軽に見学できる取り組みがされている。

 

 

簡単に見ていったが、真鶴町の風景と取り組みは伝わっただろうか?

 

私が真鶴町を訪れたきっかけはこの階段。

最初は階段のある風景を求めて立ち寄ったのだが、それ以外の風景にも魅了されてしまった。ある意味では意図して作られた町であるが、そもそも美しく、それを守っただけという町の成り立ちは本当に面白い。変わらないことの美しさや難しさを存分に学ばせてもらった。真鶴町へ行けばお気に入りの場所がきっと見つかるはず。